第18回 文化財保存修復学会 学会賞・業績賞・奨励賞受賞者
第18回文化財保存修復学会 学会表彰が決定
文化財保存修復学会表彰委員会が第18回の学会賞、業績賞および奨励賞について審議した結果、各賞受賞者が決定いたしましたのでお知らせいたします。
【学会賞】 2名
青木 睦 氏(元国文学研究資料館) |
氏は、1981年から2023年まで国文学研究資料館に勤務し、学習院大学大学院や東北大学史料館、別府大学等においてアーカイブズの保存修復に関する研究に従事、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会理事などを歴任した。個人や民間団体などの民間アーカイブズ資料、特に古文書などの紙資料・アーカイブズの保存修復分野をけん引し、本学会においても記録資料の保存修復を広める役割を担った。文化財保存修復学会の前身となる古文化財科学研究会の1993年の大会で、初めて被災事例「火災史料に対する救助の経過報告」を発表し、東日本大震災では釜石市で被災した公文書レスキューに精力的にかかわり、水損資料の緊急対応・実地参加型プロジェクト(Work-based Learning)においても大きく貢献した。近年は、バチカン図書館と協働して欧州の保存専門職に対する日本の紙資料・アーカイブズの保存修復のワークショップ等による技術継承にも寄与し、”Preservation and Conservation of Japanese Archival Documents in the Vatican Library”(2019)に成果をまとめ、国内外の後進の育成にも努められた。以上のように、氏のアーカイブズの保存修復分野におけるこれまでの貢献は顕著であり、本学会の学会賞にふさわしい。
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村上 隆 氏(高岡市美術館館長、大正大学教授、京都美術工芸大学名誉教授、奈良文化財研究所客員研究員) |
氏は、保存科学の観点から、古代から現代にいたる金属材料とその利用技術の変遷を中心に研究をすすめ、その成果は、論文だけではなく、多数の編著書として刊行されている。これらの業績は、保存科学、保存修復学、文化財科学、歴史材料学、博物館学の分野に大きく寄与している。また、奈良文化財研究所上席研究員、京都国立博物館学芸部長を経て、京都美術工芸大学副学長、立命館大学特別招聘教授、佐賀大学特命教授などを歴任し、文化財保存修復にかかる後進の育成に大きな役割を果たされるとともに、高岡市美術館館長、石見銀山資料館名誉館長を務め、文化財保存の重要性を社会に積極的に発信されている。本学会においては、文化財保存修復学会の前身となる古文化財科学研究会の折から、運営委員、理事等の役職を1991年から2013年の22年間にわたって務め、学会誌や行事、災害対策の担当理事として、大きな貢献を果たされた。こうした氏の長年にわたる文化財保存の研究活動や教育活動、社会発信、そして本学会への貢献は、学会賞にふさわしい。
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【業績賞】 2名
池田 和彦 氏(株式会社修護) |
氏は、大学卒業後、民間修理工房で装潢文化財の修理技術者として経歴をスタートし、2013年からは工房代表取締役として、また国宝修理装潢師連盟の連盟員として、長年にわたり数々の文化財修理に貢献してきた。その中で関係機関と共同で新しい修理技術の開発や具体的な保存修復事例の紹介などを積極的に行い、本学会における発表実績も多い。また、東日本大震災、川崎市市民ミュージアムの収蔵庫浸水などにおける被災資料のレスキューや技術支援にも力を注がれたのみならず、国際ワークショップの講師や大学非常勤講師などを務めて国内外での装潢修理技術の教育・普及活動などにも携わられ、文化財保存修復分野において多くの社会貢献を果たされた。さらには、本学会の運営においても、大会実行委員を数度にわたって務められただけでなく、現在も会計担当理事として貢献されている。氏のこうした文化財保存修復業界、本学会への貢献は業績賞にふさわしい。
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田口 かおり 氏(京都大学) |
氏は、美術史を修めた後、フィレンツェへ渡って本格的に修復を学び、現地工房で研鑽を積んだ。1966年のアルノ河洪水による資料の被災状況や詳細な復旧・修復記録は示唆に富んだレポートとして氏の評価を高めた。帰国後、京都大学大学院で学位を取得し、その成果をまとめた大作『保存修復の技法と思想~古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』や多くの論考は、現代日本の保存修復界に一石を投じた。最近は子供や初心者向けの著作を通して、保存修復の実像に理解を促す普及活動にも精力的に取り組む。修復実務においても、損傷が大きかったクロード・モネ『睡蓮・柳の反映』の修復など困難なプロジェクトにも関わった。さらに海外の専門家を招聘した国際シンポジウムの積極的な開催は、専門知識の共有だけでなく日本と他国を繋ぐ文化交流に重要な役割を果たしている。氏の「アートを後世に伝える視座」は作品や制作者への敬意と愛に満ちあふれており、真摯な人柄そのものである。これらの諸点をもって氏の研究業績は、本学会の業績賞にふさわしい。
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【奨励賞】 3名
有吉 正明 氏(高知県立紙産業技術センター) |
氏は、2003年より高知県紙産業技術センターにおいて、試薬を使った顕微鏡観察や機器分析などによる紙の原料分析を行って紙の鑑定を行い、装潢文化財の保存修理のための基礎データを提供し続けるという、いわば縁の下の力持ちとして貢献されてきた。また、同センターにおける研修事業として、紙の分析技術のみならず、紙漉き技術に関する研修なども受け入れ、その運営指導を行っている。さらには、各所に出向いての紙の鑑定、あるいはその関連技術についての指導・助言・講演なども積極的に行ってきた。その専門性から、紙文化財の保存修復の様々なプロジェクトに共同研究者として参加され、本学会の研究発表においても名を連ねることが多い。個人としても和紙の製造方法に関する研究などを精力的に進められている。こうした実績からも紙文化財の保存修復において氏の果たす役割は今後もますます大きくなると思われ、その活躍が期待されるため、本学会の奨励賞にふさわしい。
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一宮 八重 氏(東京藝術大学) |
氏は、ニューヨーク州立大学で高分子化学の学位を取得され、海外の博物館に勤務し、博物館における実践的な活動の経験を積まれた。帰国後、東京藝術大学文化財保存学専攻の保存科学およびシステム保存学の教育研究助手として、(旧)芸術資源保存修復研究センターの学術インストラクターとして、留学生をはじめ多くの修士・博士の学生の研究をサポートしている。また、化学全般をバックグラウンドとした自身の研究活動に精力的に取り組んでいる。研究では、中国絵画や日本絵画に用いられた色材や支持体を対象として、長年にわたって多くの研究者と共同研究を実施している。それらの成果を本学会大会での発表をはじめ、海外学術雑誌への論文投稿などで精力的に発表し、質の高い研究業績を着実に積み重ねている。こうした研究活動は、今後も国内外においてさらなる展開をみせることがうかがえる。以上、氏の意欲的な研究姿勢には、今後、大きな研究の進展が期待されるため、本学会の奨励賞にふさわしい。
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田口 智子 氏(東京藝術大学) |
氏は、奈良女子大学で日本美術史を学んだ後、東京藝術大学大学院で金属文化財の分析化学研究「江戸時代銀貨の表面層の解析と色揚げ処理法の復元」で学位を取得、金属の表面色や光沢、漆文化財における鉛装飾などに関心をもってきた。その後、東日本大震災で海水損した皮革文化財の保存という重要なテーマと出会い、状態調査、処置法や抗菌技術を研究、AI技術を応用した動物種の識別に関する共同研究にも携わっている。さらに正倉院模造宝物の紅牙撥鏤尺にみられる象牙製品を染色した色材にも興味をもって技術研究を進めてきた。他方で、職場である東京藝術大学では現代アートのアーカイブというムーブメントに従事し、美術家・日比野克彦氏のアトリエや作品の保存プロジェクトにも深く関わる。さらに最近は、光と色彩の観点から絵画鑑賞時の新しい照明環境をテーマとし、本邦研究者と共に国際共同研究を進めている。このように氏の幅広い関心と真摯な研究意欲は新進気鋭の保存科学者として高く評価され、今後の大きな発展に期待されるため、本学会の奨励賞にふさわしい。
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