第17回 文化財保存修復学会 学会賞・業績賞・奨励賞受賞者

第17回文化財保存修復学会 学会表彰が決定

文化財保存修復学会表彰選考委員会が第17回の学会賞、業績賞および奨励賞について審議した結果、本年度の各賞受賞者が決定いたしましたのでお知らせします。

【学会賞】 3名

大林 賢太郎 氏(京都芸術大学)
 氏は、大学卒業後に民間修復工房で装潢文化財(絵画/書跡)や写真資料などの保存修復に携わった後、2006年京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に転籍し、 現在は歴史遺産学科教授として後進の育成を進め多くの優れた人材を輩出してきた。 また同大附属の日本庭園・歴史遺産研究センター副所長として地域遺産の調査研究ならびに災害時における歴史資料の救援など地域と密接に結びついた活動をけん引されている。 主要な著書に『装潢文化財の保存修理−東洋絵画・書籍修理の現在−』(2015)および『写真保存の実務』(2010)があり、専門分野への大きな寄与が認められる。 さらに氏はNPO文化財保存支援機構副理事長・関西支部長として第一線で文化遺産の保存継承を担っており、本学会においても第37回大会の実行委員を務められた。 以上のように、氏の文化財保存修復分野におけるこれまでの業績や社会貢献は顕著であり、本学会の学会賞受賞にふさわしい。
木川 りか 氏(九州国立博物館)
 氏は、1993年に東京文化財研究所保存科学部に入職して以来、専門である生物分野において活躍した。 特にそれまで文化財の殺虫燻蒸剤として広く使用されていた、臭化メチルの2005年からの使用全廃に際し、低酸素濃度殺虫法、二酸化炭素殺虫法など、代替法の導入に尽力し、日本国内の文化財分野での総合的有害生物管理(IPM)の導入に尽力した。 また、高松塚古墳壁画の保存・修理においては、当時生物科学研究室長として劣化に関わる微生物の調査や劣化対策の策定に貢献した。 2015年からは九州国立博物館に異動し、博物館科学課長として、生物劣化のみならず、博物館保存環境全般について研究を進め、同館の保存環境の保全に努めている。 研究面では本来の専門に関わる多くの論文・著作に加え、最近では、当学会が重要課題として位置付ける被災文化財の保全に関連して、水浸文書の新たな保存方法にも取り組んでいる。 教育面においては東京藝術大学大学院や京都大学等の大学で教鞭をとり、次世代を担う文化財科学研究者・文化財修復家などの育成に貢献した。 以上の事由により氏のこれまでの業績は学会賞にふさわしい。わが国の保存科学分野では生物の専門家が少なく、氏には今後も活躍が期待される。
日髙 真吾 氏(国立民族学博物館)
 氏は、長年にわたり民俗文化財を対象とした保存と修復を、研究室に留まることなく実践している。 特に被災文化財に対する地元に寄り添ったその活動は、早くから「行動する研究者」として注目されてきた。 本学会会員としても、その研究成果と知見を大会で発表し高い評価を得ている。 2008年からは運営委員として精力的に活動し、信頼を集め、その献身的な貢献はあまねく会員に認められ、現在は副理事長として運営の重責を担っている。 また、文化財保存の重要性を広く発信する姿勢は、本学会の存在意義を社会的に向上させることにも繋がっており、今後文化財保存継承のため確立が求められている「文化財保存行動学」を体系化出来る先駆者として学会賞受賞にふさわしい。 今回、歴代最若年の学会賞受賞者となることで、若い世代の学会員の指標となり、本学会の一段の活性化につながることを期待するとともに、本人のより一層の活躍を願い推挙するものである。

【業績賞】 3名

石井 美恵 氏(佐賀大学)
 氏は、ロンドン大学コートールドインスティチュートオブアート大学院の染織品保存学部で大学院染織品保存学ディプロマを取得後、メトロポリタン美術館の特別研究員を務めた。 2006年には天然染料の化学分析で、共立女子大学大学院で博士号を取得し、女子美術大学美術館所蔵コプト染織資料の調査などで実績を積んだ。 2008年からはJICA大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトに参加し、染織品の保存修復を現地・本邦で技術指導した。 さらに2016年からは後継の大エジプト博物館合同保存修復(JEM-JC)プロジェクトの主要メンバーとして同博物館専門家と共同でツタンカーメン墓から出土した服飾品57点の保存・展示研究を推進した。 この貢献により当プロジェクトは「第27回読売国際協力賞(2020)」を受賞した。 さらに現在は、本務である佐賀大学で後進の指導や地域遺産「佐賀錦」の保存継承を進める傍ら、アルメニア歴史博物館などでもテキスタイル・コンサヴァターの育成に尽力しており、これらの活動は本学会の業績賞にふさわしい。
犬塚 将英 氏(東京文化財研究所)
 氏は、文化財資料に及ぼす環境の影響について長年研究をすすめ、温湿度や空気環境など劣化要因の追求とその対策について様々な検討を行い、博物館・美術館などの屋内文化財あるいは屋外文化財に対して、安定な保存環境の実現を多く達成した。 特に、高松塚古墳の解体に当たっては、石室に描かれた壁画の安定保存のために温湿度の管理などについて的確な対応を行った。 近年は文化財を安定な環境に維持した状態で、様々な科学調査を実施する研究に取り組み、可搬型の蛍光X線分析装置、X線回折装置、ハイパースペクトルカメラなどを駆使して高松塚古墳壁画、キトラ古墳壁画、さらには法隆寺金堂壁画など繊細な保存環境の維持が必要な文化財に対して、さまざまな新知見を得る研究を推進した。 氏は学会誌編集委員や選挙管理委員会委員長を務めるなど本学会の運営にも寄与している。これらの事由から氏は業績賞受賞にふさわしい。
岡田 靖 氏(東京藝術大学)
 氏は現在、東京藝術大学大学院文化財保存学専攻保存修復彫刻の准教授であり、2009年より東北芸術工科大学、2019年より帝京大学においても、文化財保存学の分野で、教育及び研究活動に取り組んで来られた。 その間、研究者(修理技術者)としても、多くの文化財修理に取り組んで来られた。 また、沖縄の旧円覚寺仁王像など、復元模造の業績も残してこられた。本学会においても、多数の大会発表を行い、学会運営にも携わってきた。 国内にとどまらず海外留学の経験を通じ、大エジプト博物館のプロジェクトに参画、台湾の大学の客員准教授を努めるなど、国際交流にも尽力されている。 文化財修復分野において、著しい業績が認められ、今後ますます多方面の活躍が期待される氏は業績賞受賞にふさわしい。

【奨励賞】 3名

小田 桃子 氏(千總文化研究所)
 氏は、東京藝術大学大学院文化財保存学専攻において日本の文化財及び美術工芸品の技法材料について学んだ。 大学院修了後は堪能な語学力とコミュニケーション能力が評価され、東京文化財研究所のアソシエイトフェローとして同研究所が実施する多くの保存修理に係る国際協力事業のコーディネートに関わってきた。 その後、千總文化研究所に研究員として勤め、親会社である株式会社千總ホールディングスが所蔵する絵画、染織品、古文書などの調査研究および保存修復の実践のみならず、文化財を介した地域の産学連携事業をプロデュースするなど、氏の高い能力をいかんなく発揮して現在に至っている。 質の高い保存修復プロジェクトの推進には関係する個人や団体と緊密なネットワークを構築することが重要である。 その点について優れた能力を有する氏は当該領域にとって貴重な人材であり、今後さらなる活躍と発展が期待できる氏は奨励賞受賞にふさわしい。
平 諭一郎 氏(東京藝術大学)
 氏は、東京藝術大学でデザインならびに文化財保存学を学び、同大学の社会連携センター特任准教授を経て同大学の未来創造継承センター准教授として芸術全般にわたり活動している。 特に現代美術(ミクスト・メディア、タイムベースド・アートなど)に関する研究を開拓し、「複製芸術の真正性」に関するフリーア美術館との共同研究なども行い、本学会大会でも10年にわたって当該分野の発表を重ねている。 さらに、本学会の公開シンポジウムにおいて「大学における文化財の複製・再現・復元」と題する講演をおこなっている。 また、大学においても展覧会「再演ー指示とその手順」「Bubbles再制作」「日比野克彦を保存する」などを企画・実施するなどして、研究成果を積極的に発信し、現代美術の保存・修復・復元に寄与している。 文化財の保存修復分野での今後の活動が大いに期待できる氏は奨励賞受賞にふさわしい。
芳賀 文絵 氏(東京文化財研究所)
 氏は、東京藝術大学大学院(保存科学)修了後、2013年から東北歴史博物館学芸部や宮城県教育庁にて研究実務を担当した。 この間、出土文化財の保存科学業務、東日本大震災津波水損資料の揮発成分の分析調査、収蔵庫の省エネ環境管理の研究、収蔵庫木質材料の吸放湿挙動の調査などに従事した。 さらに宮城県山元町合戦原遺跡線刻画の移設保存などの地域文化財保護に尽力した。 これらの研究成果は本学会や関連学会、報告書等で数多く発表されている。 2021年からは国立文化財機構東京文化財研究所保存科学研究センター修復技術研究室・研究員として、同機構の文化財防災センターと連携しつつ被災資料の保存科学研究等を進めている。 現在、本学会の会誌編集委員を務める。このような氏の意欲的な研究姿勢は今後に大きな進展が期待でき、本学会の奨励賞受賞にふさわしい。

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