第16回 文化財保存修復学会 学会賞・業績賞・奨励賞受賞者

第16回文化財保存修復学会 学会表彰が決定

文化財保存修復学会表彰選考委員会が第16回の学会賞、業績賞および奨励賞について審議した結果、本年度の各賞受賞者が決定いたしましたのでお知らせします。

【学会賞】 2名

藤本 靑一 氏(元公益財団法人美術院 常務理事・国宝修理所所長
元東京藝術大学大学院文化財保存学専攻保存修復彫刻 客員教授)
 氏は、美術院国宝修理所において東大寺法華堂の諸仏修理、東寺講堂諸仏の修理、唐招提寺金堂三尊の修理、妙法院三十三間堂の千手観音立像をはじめとする諸仏の修理など、主に 仏像彫刻の修理に携わった。また氏は、「文化財修理は伝えられてきた姿を残すだけではなく、文化財の製作技術を習得することで保存技術を伝承し、次世代に残す役割もある」との 考えから、平等院鳳凰堂 国宝木造天蓋 模造製作に関わった。また彫刻作品の保存修理における合成樹脂の応用例をまとめ公開した。最近の活動では 2008年の当学会シンポジウムを 皮切りに、「文化財が今日まで伝えられてきたすがたを現状のまま、これ以上損傷が移行しないように安定したかたちで、次の世代に伝えようとする修理」である現状維持修理の意義 や方法に係る講演を、さまざまな立場の方々や大学生を対象に精力的にこなし、文化財修理への理解促進を図る活動に力を注いだ。これらの事由から氏は学会賞受賞にふさわしい。
松田 泰典 氏(東洋美術学校)
 氏は、蛍光分光法、マルチスペクトル法など光学的な手法や三次元計測システムなどを用い、様々な文化財の材質や劣化に関する研究を行ってきた。また、これらの手法を応用し、絵画クリーニングの安全性評価や文化財の寿命を延ばすための研究を行い、国内外の学会で研究成果を報告してきた。氏は、1993年東北芸術工科大学助教授(文化財保存科学コース)に就任、1999年教授、2001年文化財保存修復研究センターを設立し、センター長に就任。2009年まで同大で保存修復・保存科学の教育研究に従事する。この間、東北地方に残る文化遺産の調査・分析および保存修復プロジェクトを数多く手がけた。また、2009年からJICA大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトに参画し、エジプトの専門家の人材育成に従事した。文化財保存修復学会では、運営委員、理事等の役職での活動を行い、学会活動に大きな貢献をしており、学会賞にふさわしい。

【業績賞】 2名

加藤 和歳 氏(九州歴史資料館)
 氏は、福岡県内を中心に、出土遺物の取り上げから、X線CTスキャナや蛍光X線分析などを活用した遺物の製作材料や構造解明を通して製作技法全般についての自然科学的調査を精力的に行ってきた。関わった発掘調査の一例として、福岡県古賀市所在の船原古墳について、3D計測による遺物の記録、土塊状態での遺物の取り上げ、さらにX線CT画像による3次元情報の可視化と情報の活用(3DプリントやCG)などがある。また新設博物館の保存環境整備の支援、文書や記録の保存管理方法の検討、VR技術を利用した研究成果の博物館における公開普及方法の検討など、その活動は調査研究から博物館における成果公開、他機関への支援まで幅広い。また、これらの実績から九州における調査研究活動や、自然災害により被災した文化財のレスキューや保存修復における九州地区の相談先として地域から信頼されている。これらの事由から氏は業績賞受賞にふさわしい。
武田 恵理 氏(文化財保存修復スタジオノア)
 氏は、博士論文(東京芸術大学、2002年)において、京都大学総合博物館所蔵の「紙本著色聖母子十五玄義・聖体秘跡図」(通称「マリア十五玄義図」)の再現模写および描画技法の研究に関する発表を行い、当該作品が西欧絵画技術の影響を強く受けて製作されていることを実証的に証明し、以来我が国における洋風画の技法と材料に関する研究を継続してきた。明治時代以前の我が国の洋風画は、安土桃山時代から江戸時代にかけた初期洋風画、幕末の洋風画に分けられ、一般に両者の関係性は希薄であると考えられてきた。氏は日光東照宮陽明門壁画の修復に携わるなかで知った壁画の彩色に桐油が用いられている事実から、漆工技法と油彩画技法の類似性に着目し、従来希薄と考えられてきた初期洋風画と幕末洋風画の関係性を漆工技法がつなぐ鍵になるのではと考え、再現研究を重ねた。そしてその成果を「近世の油彩の技法と材料」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第 230集、2021年)と題した論文のなかで発表した。油彩画修復技術者としての視点と経験を踏まえた研究成果として評価できる。以上より氏の研究は業績賞にふさわしい。

【奨励賞】 2名

成田 朱美 氏(愛知県立芸術大学)
 氏は、現在、愛知県立芸術大学文化財保存修復研究所研究員として、油彩画修復の立場から、自然科学的手法に重点を置いた調査研究に基づく修復を目指している。氏は、調査対象とする画家の技法・材料調査に関する研究成果を、本学会ならびに愛知県立芸術大学紀要において数多く発表しており、着実に業績を積み上げている。また、氏は油彩画の修復のみならず、タジキスタン国立博物館や大エジプト博物館の壁画調査修復事業にも参加するなど、国際的な視野を持って文化財保存修復に関わる経験を積んでいる。近年、氏は日本各地において伝世品のみならず考古資料の材質調査を行うなど、研究の幅を広げており、それらの点も注目に値する。以上、氏の文化財保存修復に対する積極的な姿勢は本学会の発展に大きく貢献する可能性が高く、氏の今後の一層の活動に期待する。
橋本 沙知 氏(国立民族学博物館)
 氏は、10数年間の会員歴を持ち 2018年より国立民族学博物館プロジェクト研究員として勤務してからは、民族資料を対象とした多岐にわたる調査・研究活動の成果を本学会大会で発表してきた。本学会のみならず活発な論文発表を行い、本格的な査読論文の執筆に加え、ブックレットの刊行を通じ広く外部に積極的な発信を行ってきたことは、特筆すべきであろう。研究内容としては、「業務用フリーザーを用いた低温処理による殺虫処理法」など、今後各分野の中小修復工房などで応用実践可能な、大変興味深いものである。また、施設内での保存環境に関する基礎的研究に留まることなく、近年本学会で関心が高まりつつある地域に残された文化財保存活用に着目し、特に被災した文化財に対し活発な対応を行っていることには、大変心強いものを感じる。氏の地域文化財の保存継承に対するさらなる活躍を期待する。

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