第14回 文化財保存修復学会奨励賞・業績賞・学会賞受賞者

第14回文化財保存修復学会 学会表彰が決定

文化財保存修復学会表彰委員会が第14回の学会賞、業績賞および奨励賞について審議した結果、本年度の各賞受賞者が決定いたしましたのでお知らせします。

【学会賞】 3名

石﨑武志(東北芸術工科大学)
 氏は、環境解析や水分移動解析などの調査方法を通して文化遺産の劣化に及ぼす水分の影響を解析することにより、様々な文化遺産の保存計画を立案し実践してきた。前職の東京文化財研究所では国宝高松塚古墳壁画の劣化対策や環境制御に貢献した。海外の文化遺産についても、タイの歴史的レンガ建造物、中国の龍門石窟、トルコのアヤ・ソフィア大聖堂など、世界遺産をはじめ多くの文化遺産の保存修復事業に携わった。国際的にも氏の評価は高く、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の石造文化財の保存に関する科学委員会(ISCS)の委員長を務めた。このように氏の研究は、文化遺産の最大の劣化要因のひとつである水分の影響を解析し制御する方法を理論化し、保存修復事業を実践したことにあり、文化財保存分野においてその意義は大きい。本学会への貢献についても、過去に理事や監事などを務め、その功績は大きく、学会賞にふさわしい。
岡田文男(京都芸術大学・客員教授)
 氏は京都市埋蔵文化財研究所在職中に、出土木材の保存処理を担当する傍ら土中から採集した平安時代の微細な漆塗膜を顕微鏡下で観察する調査を開始した。のち、京都造形芸術大学の教授として学生の教育にあたる一方で、鳥浜貝塚など縄文時代をはじめとする各時代の漆芸品や彫刻の漆塗層を調査してきた。さらに、漆に混入された顔料や金属粉、掃墨、下地、布へと調査範囲を広げるとともに、楽浪漆器ほか中国、韓国の古代漆器も含めた漆に関する膨大なデータを集積、報告してきたことは高く評価される。また、唐招提寺や平等院など彫刻、建築の修理現場からの依頼による分析を通じて修理技術の向上にも貢献している。学会活動では、2019年の口頭発表で、現在常用されている鉄粉による黒漆の開始時期が比較的新しいと指摘したことは重要で、修理で黒漆を使う際に留意されるべきであろう。
以上の活動、業績は学会賞にふさわしい。
佐野千絵(東京文化財研究所・名誉研究員)
 氏は、東京文化財研究所において長年にわたり文化財の保存環境の改善や劣化機構の解明とその予防について臨床的な研究と実践を進めてきた、文化財保存修復分野の中心的研究者である。氏の研究は、文化財の放射線対策、被災資料の保管環境や安定化処置に関する調査研究等、緊急時における文化財保存までを視野に入れ、幅広く展開している。また、東京藝術大学大学院文化財保存学専攻の併任教授として、あるいは博物館・美術館等保存担当学芸員研修での教育普及活動をとおして、数多くの学生や研究者を育成してきた。さらにはIIC(国際文化財保存学会)の日本支部幹事を務めるなど、国際的にも活躍している。2008年以降、本学会の理事を務めており、編集長として学会誌の充実に寄与するなど、学会への貢献は多大なものがある。佐野氏の業績は、研究面、人材育成、国際活動、学会運営への協力、すべての点で学会賞にふさわしい。

【業績賞】 3名

宇髙健太郎(東京文化財研究所・客員研究員)
 氏が、東京藝術大学大学院文化財保存学専攻保存修復日本画研究室で博士号を取得した「古典日本絵画における墨の研究」は、膠と煤それぞれの古典的な製法を自ら実践した上に、成分を数値化して性状を評価したもので、従来の実技系博士論文の域を越えた研究として特に高く評価された。その後、東京藝術大学専門研究員、学術振興会特別研究員、東京文化財研究所客員研究員として、さらに深めた膠の製法研究や性状分析の成果は、修理現場での臨床に達している。化学的な操作を加えず、原料の動物種や部位、下処理方法や抽出方法により、用途に適した膠を製造できるという提言と実践は本学会での発表等を通じて広まり、近年では国宝修理装潢師連盟による指定文化財の修理にも「古典的膠」が取り入れられている。今日の保存修復に欠かせないものとなった氏による古典的膠の研究と実用化は、業績賞にふさわしい。
朽津信明(東京文化財研究所)
 氏は、顔料の分析や変色褪色に関する研究、石造文化財の保存修復などを進めている。顔料に関する鉱物学的研究では、現地で実施できる顔料の非破壊分析法を開発して各地の壁画および絵画の顔料分析を行った。出雲地方の壁画を調査して、畿内の文化の影響を受けた壁画が存在することを明らかにし、九州における装飾古墳の調査では、従来は混乱して用いられていた緑と青の顔料を異なる二種類の顔料として分類した。また、建造物を塗装する際にはみ出して瓦に付着した顔料をもとに古代の建造物塗装を検討した。石造文化財の保存に関連しては、古墳や洞窟などに発生した緑色生物について、適切な光対策を行うことでカビなどの弊害を生むことなく緑色生物を軽減できる可能性を見いだした。さらに、独自の視点から保存科学の歴史をまとめ、保存科学史学の必要性を提唱している。以上の氏の活動は業績賞にふさわしい。
谷口陽子(筑波大学)
 氏は石造文化財の劣化に関する研究や、壁体に描かれた彩色画の材質や劣化の研究を進めてきた。地中海沿岸をはじめとする諸外国をフィールドとした研究、また修復作業の実績は2000年代に成果を生み、アフガニスタンのバーミヤーン仏教壁画の技法と材質に関する研究では、特に注目される成果をあげている。加えて、海外での事業協力の分野ではエジプトにおいて出土壁画に関する事業で高い評価を受け2020年11月「読売国際協力賞(大エジプト博物館合同修復プロジェクト)」を受賞した。現在は、日本国内に所在する壁画の材質や技法の研究も進めており、筑波大学において後進の指導にもあたっている。これ等の活動は業績賞にふさわしい。

【奨励賞】 3名

室瀬祐(目白漆芸文化財研究所)
 氏は、特に優れた漆芸品の修理に多くの実績がある目白漆芸文化財研究所に所属し、漆芸作品の制作及び漆工文化財の修理・復元に携わっている。博士論文以来のテーマである漆芸における鉛板装飾については、その劣化のメカニズムや保存方法に関する研究に取り組み、自然科学研究者と共同で本学会にて系統的な発表を行っている。本研究は、近年大きな問題となっている文化財の収納箱などから放出される有機酸の鉛あるいは鉛錫合金への影響についても非常に有用であり、さらなる発展が期待されている。美術工芸品の修理を行うためには、それを具現する高度な技術はもちろんのこと、芸術的感性も必要となるが、氏は作家としても精力的に創作活動を続け、日本伝統工芸展でも入選を果たしている。さらに、現在、複数の大学で熱心に後進の指導にあたっており、今後は漆芸文化財の分析、修復、造形、教育普及を総合した活動が期待される。これらの業績は奨励賞にふさわしい。
大和あすか(東京藝術大学大学院・教育研究助手)
 氏は、東北芸術工科大学における修士論文をその始まりとして、以降、錦絵を中心とした色材の科学分析的研究を継続し、本学会の大会や国際シンポジウム等で発表を重ねてきた。特に幕末から明治初期にかけての赤色色材の変遷について顕著な成果をあげ、また最近では人造石黄の製造や流通の解明に取り組んでいる。近世に用いられた色材については、ある程度の史料が残るため、従来の研究はこれらに多くを頼ってきたが、氏の分析に基づく実証的かつ系統的研究は、色材史のみならず美術史的研究にも大きく寄与している。氏は現職の東京芸術大学文化財保存学の助手となるまで、静岡市東海道広重美術館の学芸員として、あるいは墨仁堂の技術者として、美術館や修理の現場を経験している。このため現在、色材分析のみならず、保存科学および修復分野における課題についても、高い対応能力を発揮している。これらのことから、氏は本学会の将来を担う若手研究者として奨励賞にふさわしい。
渡抜由季(福岡市美術館・学芸員)
 氏は、東京藝術大学大学院保存修復油画研究室で、平成21年度に「バーミヤーン仏教壁画における彩色技法・彩色材料に関する研究」で博士号を取得し、以降、西域壁画の技法材料や保存修復に関する研究を行っている。平成24年度に、福岡市美術館で最初となる保存担当学芸員に採用され、これまで16,000点を超える所蔵作品の保全を通して視野を広げてきた。氏はまた、多様な素材によって表現された現代美術作品の保存にも積極的に取り組んでおり、福岡市美術館の改装工事にともなう大型現代美術作品の移送においてシクロドデカンを活用した手法を実践するなどの成果をあげてきた。全国でもまだ数少ない保存担当学芸員として、その必要性を美術館業務の中から実践的に示している氏の活動を高く評価する。文化財の保存修復分野での今後の活躍が大いに期待できる氏は奨励賞にふさわしい。

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